『鬼人幻燈抄』、毎週その深遠な物語と美しい映像から目が離せませんね。今回も僕の想いを語りますのでどうかお付き合いください。
前回の第7話「九段坂呪い宵」の感想はこちらです。
https://biwaochan-blog.com/commentary-on-episode-7-of-kijin-gentou-sho-the-cursed-night-of-kudanzaka/
さて、第8話のタイトルは「花宵簪(はなよいかんざし)(前編)」。嘉永七年(1854年)の春、桜舞う江戸が舞台です。しかし、その華やかさとは対照的に、物語は吉原遊郭の暗部から始まり、新たな登場人物、そしてヒロインの一人である奈津を襲う不可解な事件へと展開していきます。多くの謎と伏線が提示され、物語が大きく動き出す予感に満ちた回でした。今回は、この「花宵簪(前編)」を徹底的に解説し、その奥に秘められた人間ドラマと怪異の真相に迫ります。
(ネタバレ注意)本ブログは「鬼人幻燈抄」の理解を促進するためにアニメの放送内容、原作の記述等、ネタバレになる部分を多く含みます。アニメ放送時点で明らかになっていない点についても言及していますので、ネタバレを嫌う方にはおすすめできません。
しかし、本ブログを読んだ後、アニメを見直すと、鬼人幻燈抄をより深く楽しめるはずです。
あらすじ:嘉永七年、春。江戸に蠢く鬼と新たな出会い
吉原の夜桜に散る魂 – 悲しき鬼女の最期
物語は嘉永七年(1854年)の春、江戸吉原から始まります。夜桜の下で男を殺すという醜悪な鬼女の噂。情報屋である夜鷹(よたか)からの依頼を受けた甚夜は、満開の桜の下でその鬼女と対峙します。ぼろを纏い、顔は梅毒で醜く爛れ、「いたい、いたい」と泣き叫ぶその姿は、かつて吉原の遊女だった女の哀れな末路でした。

「お侍様、私を買ってくださいませんか?」と涙ながらに懇願する鬼女に対し、甚夜は「遠慮しておこう」と冷徹に言い放ちます。逆上し襲い掛かる鬼女に、甚夜は名を問いますが、返事はありません。「残念だ」という言葉と共に、葛野に伝わる宝刀「夜來(やらい)」で鬼女を斬り伏せるのでした。
そこに現れた夜鷹は、報酬を渡しながら、鬼女の身の上を語ります。吉原に囚われ、男たちに弄ばれ続けた結果、心も体も病み、梅毒に侵されて鬼へと成り果てた元遊女。「桜の下で男を殺すだけの鬼女になった」と。夜鷹自身も「アタシもいつかはああなるかもしれない」と自嘲し、甚夜に「もし私が五日夜桜の下の鬼になったら一思いに殺しておくれ。金は払ってやれないけどね」と頼みますが、甚夜は「タダ働きは勘弁してくれ」と素っ気なく返すのでした。このやり取りには、遊女という存在の儚さと、甚夜の非情さの裏にある複雑な感情が垣間見えます。

四満六千日の縁日 – 奈津とおふうの賑わいと恋の予感
場面は一転、賑やかな「四満六千日(しまんろくせんにち)」の縁日。奈津とおふうが楽しげに連れ立って歩いています。殿方に誘われたものの、結局誰も来なかった様子。奈津が想いを寄せる須賀屋の手代・善二は、主の重蔵に「人の休んでいる時に働くのが商人だろう」と咎められ来られなかったと、奈津は少し寂しそうにおふうに語ります。甚夜と直次も仕事で来られなかったようです。

二人で露店を巡る中、鬼灯(ほおずき)が目に留まります。「そう言えばなんでほおずきっていうの?」という奈津の無邪気な問いに、おふうは「実が頬のように赤いからと言う説と、実が火のように赤いからという説があるが詳しいことは解っていないようですよ。鬼の灯りと書いて鬼灯と読ませたりもします。提灯みたいな果実は鬼が動くときに付けた灯かもしれませんね」と、鬼である彼女ならではの含蓄のある解説をします。奈津は「やめてよ!私は2回も鬼に襲われたんだから」と怖がりますが、それは第2話「鬼の娘」と第4話「貪り喰うもの(後編)」での出来事を指しており、いずれも甚夜に命を救われています。

「正直、あいつがいなければ今生きていないと思うわ」と本音を漏らす奈津。その言葉から、おふうは奈津が甚夜に仄かな恋心を抱いていることを見抜きます。「奈津さんは甚夜君のことが好きなんですね」と核心を突かれ、慌てて否定する奈津。「あの時の横顔は、剣豪どころか凄く弱々しく見えて、私とおんなじと思うから安心できるんだと思う」と、複雑な乙女心を吐露します。それに対し、おふうも「確かに自分の気持ちから必死に目をそらそうとするところがありますよね、甚夜君は」と意味深に返し、奈津はおふうもまた甚夜に特別な感情を抱いていることに気づくのでした。二人の少女の淡い恋心が交錯する、微笑ましくも切ない場面です。

謎の露天商・秋津染五郎との出会いと不吉な影
そんな二人に声をかけたのは、軽妙な関西弁を操る洒脱な露天商の男。秋津染五郎(あきつ そめごろう)と名乗ります。おふうは彼を知っている様子で、去年頃に都から江戸へ越してきて、蕎麦屋「喜兵衛」の出前をよく頼んでくれる得意先だと言います。しかし、日本橋の商家「須賀屋」の娘である奈津は、秋津染五郎といえば高名な金工であり、こんな露店で安物を売っているはずがないと訝しみます。

品定めをする奈津に対し、染五郎は年頃の彼女に「合わせ貝」を勧め、「気になる御方に送れば成功間違いナシや」と囁きます。

顔を赤らめる奈津の脳裏には、やはり甚夜の姿が浮かんだようです。おふうが「ほんとはいるんですけど照れて言えないだけなんです」とからかうと、染五郎は別の品、「ふくらすずめの根付」を取り出します。

「雀海中に行って蛤になる」という古い迷信を引き合いに出し、「お嬢ちゃんはまだ蛤にははやいようやからすずめの方がお似合いやろ。お嬢ちゃんの想いもいつか蛤になれるとええねえ」と意味深長な言葉をかけます。そして、おまけだと言って一本の簪(かんざし)を奈津に渡します。それが本物の秋津染五郎の作であることに気づいた奈津は、大喜びで受け取るのでした。しかし、二人が立ち去った後、染五郎は笑顔を消し、風に吹かれて露店の鬼灯が一つ地面に落ちるという、不吉な描写で場面は締めくくられます。


子供の鬼「きくお」と謎の依頼主 – 深まる闇
場面は夜。甚夜は子供の姿をした鬼を退治しています。「名は?」と問うと、鬼はか細い声で「きくお」と答えます。甚夜は躊躇なく斬り捨てます。そこに現れた依頼主の男は、満足げに報酬を渡し、「うちの自慢の酒があるから持って行かないか」と「ゆいのなごり」と読めるラベルの酒を勧めますが、甚夜はこれを断ります。男の浮かべる不敵な笑みが、何か裏があることを暗示しているようです。この依頼は夜鷹が仲介したもので、甚夜は夜鷹に情報料を支払い、「斬りたくないものを斬った。それだけだ」と重い口調で呟きます。夜鷹は「最近犬や鳥やらの式神を操る陰陽師が鬼を退治しているらしいよ」と意味深な情報を残して去ります。この一連の出来事は、江戸の闇の深さと、甚夜の抱える葛藤を浮き彫りにします。

奈津の異変と簪の呪い – 「お兄様」の正体は?
蕎麦屋「喜兵衛」では、奈津の様子がおかしいとおふうと親父(嘉兵衛)が心配しています。そこに当の奈津が現れ、甚夜を見るなり「お兄様!」と叫んで狂おしく抱きつきます。明らかに正気ではなく、「やっとです、ようやくあなたの元に帰ってこられました」と頬を赤らめ、甚夜の手に自分の頬をすり寄せます。おふうによれば、昨日縁日で買った簪をつけてからこの状態になったとのこと。鬼であるおふうが「普通の簪ですよね」と言うことから、簪自体が強力な呪物というわけではなさそうです。

そこに三浦直次を連れて善二が現れ、奈津の異様な姿に驚き、彼女を甚夜から引き離そうとしますが、奈津は激しく抵抗します。なすすべもない状況に、甚夜は簪を買ったという秋津染五郎を探そうとしますが、善二は「そいつぁ、とっくに死んでるぞ」と衝撃の事実を告げます。秋津染五郎は何十年も前に実在した名工であり、須賀屋でも彼の作品は滅多に入手できない稀少なものだというのです。善二は死んだ秋津染五郎が鬼になったのではと推測しますが、第6話で20年もの間、鬼の娘であるおふうと暮らしてきた蕎麦屋の親父は、その鋭い直感でそれを否定します。

奈津は依然として甚夜から離れようとしません。「お前が何故私を慕うのかわからない。なんで慕うのか、兄と言う理由も」と困惑する甚夜に、奈津は「鳥が花に寄り添うのに何の理由がいりましょう。私はただ、お兄様の傍らにありたいと願っただけです。長い時を経てそれが叶った。私は幸せです」と、うっとりとした表情で真顔で答えます。その言葉と態度には、尋常ならざる執着が感じられます。甚夜は奈津の頭を優しく撫で、「すぐに帰る。そう心配するな。だから待っていてくれ」と諭すように語りかけると、奈津は素直に頷き手を放します。その手慣れた様子に、直次が呆気にとられたように呟き、おふうと親父は苦笑いを浮かべるのでした。

三代目秋津染五郎の襲撃 – 鬼を知る男
秋津染五郎を探す甚夜の脳裏には、かつての妹・鈴音、そして鈴音に殺された最愛の女性・白雪の姿が浮かびます。奈津にとりついているのは一体何なのか? 過去の悲劇が再び繰り返されるのではないかという不安がよぎります。

その時、「ええ夕日屋やね」と、あの露天商、秋津染五郎が姿を現します。「僕のこと探していたと聞いたけど。ひとつしかないわな。鬼が僕を探す理由なんて」。彼は甚夜が人間ではないこと、鬼であることを見抜いていたのです。「三代目秋津染五郎や」と堂々と名乗り、狼(犬?)の姿をした三体の式神を操り、甚夜に襲い掛かります。ここで第8話は幕を閉じ、物語は後編へと続きます。

登場人物紹介と深掘り:物語を彩る顔ぶれ
前回までの登場人物
物語の内容を理解するために登場人物の紹介は必須。主人公の甚太=甚夜も含めて登場人物を紹介します。まずは前回、第7話までの登場人物を簡単に紹介しますね。
甚夜(じんや):CV 八代 拓
鬼退治を生活の糧にする浪人。自らの正体も鬼で、170年後、野の地に現れる鬼神と対峙するべく力をつけている。葛野での悲劇から十年を経て、自らも鬼でありながら鬼退治を生業とする浪人となった。

奈津(なつ):CV 会沢紗弥
商家「須賀屋」の一人娘。重蔵と血はつながっていないが溺愛されている。商家のお嬢様ではあるがお淑やかとは言い難く、ほんの少し口が悪い。幼い頃に両親を亡くし、以降重蔵のもとで育てられてきた。

善二(ぜんじ):CV 峯田大夢
「須賀屋」の手代。小僧として使い走りや雑役に従事し、二十歳になり手代を任せられた。人懐っこい性格と、問屋や顧客の覚えも良いことから、次の番頭にと期待されている。

重蔵(じゅうぞう):CV 相沢まさき
日本橋の商家「須賀屋」の主。須賀屋を一代で築き上げ、五十に届こうという歳でありながら、表に立って働く根っからの商人。生まれて間もない頃に天涯孤独となった奈津を引き取り、溺愛している。甚夜の実父でもある。

鈴音(すずね):CV 上田麗奈
甚夜の実の妹。正体は鬼で、甚夜の最愛の人・白雪の命を奪う。葛野での悲劇の後、行方知れず。嫉妬に狂い鬼の力を開放したことで大人の姿となった。

喜兵衛の店主【きへえのてんしゅ】(CV:上田燿司)
甚夜が足繫く通う、深川にある蕎麦屋「喜兵衛」の店主。一人娘のおふうと店を切り盛りするおおらかな性格の持ち主。

おふう(CV:茅野愛衣)
深川にある蕎麦屋「喜兵衛」の看板娘。季節の花を愛でることを好む。 幼い頃に明暦の大火で家族を失い、時の流れが異なる結界を作る能力〈夢殿〉を得た鬼で、甚夜よりも年上。甚夜を年下の男の子のように扱う。

三浦直次【みうらなおつぐ】(CV:山下誠一郎)
旗本・三浦家の嫡男。朱印状や判物の作成、幕臣の名簿管理といった文書の整理を役目とする表右筆として登城している。姿を消した兄・定長を探すため甚夜に協力を求める。

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ここからの2人は今回の第8話からの登場人物。そして今後の物語に大きく関わって来る2人です、すこし詳しく紹介します。
夜鷹(よたか) – 吉原の影に生きる情報屋、そのしたたかさと哀愁

CV:生天目仁美
吉原近くの路上で客を引く街娼の一人。整った顔立ちをしており、街娼にありがちな卑屈さや媚びを感じさせない、どこか達観した不思議な雰囲気を持つ女性です。甚夜とは娼婦同士のネットワークを介した情報屋として交流があり、今回の鬼女退治も彼女からの依頼でした。
彼女の言葉の端々からは、遊女という立場の悲哀や、いつ自分も鬼女のようになるかもしれないという諦観が滲み出ています。しかし、甚夜に対してはどこか飄々とした態度を崩さず、時に核心を突くような言葉を投げかけます。後に三浦直次と結婚し、自身の半生を記した手記「雨夜鷹」を著すとされており、彼女の人生もまた波乱に満ちたものになることが示唆されています。彼女の存在は、江戸の光と影、特に女性たちの置かれた過酷な現実を象徴していると言えるでしょう。
秋津染五郎(あきつ そめごろう) – 謎多き三代目、付喪神使いの実力と目的

CV:遊佐浩二
付喪神使いの名跡「秋津染吾郎」の三代目を名乗る、関西弁の洒脱な男 。犬神をはじめ、多種多様な付喪神を使役するとされています。初登場時は縁日の露天商として奈津と接触し、意味深な言葉と共に簪を渡しました。その正体は、何十年も前に亡くなったはずの名工「秋津染五郎」の名を継ぐ者であり、甚夜が鬼であることを見抜いていました。
飄々とした態度とは裏腹に、その実力は底知れず、甚夜の新たな強敵となることが予想されます。彼がなぜ甚夜の前に現れたのか、その目的は何なのか、そして奈津に渡した簪に込められた意図とは。今後の物語の鍵を握る重要人物であることは間違いありません。原作では、甚夜が京都に移って以降、彼の営む「鬼そば」の常連となり、親友のような関係を築くとされていますが、アニメではどのような展開を見せるのか注目です。
物語を彩る江戸の風物詩とキーワード解説
『鬼人幻燈抄』の魅力の一つは、江戸時代の風俗や文化が巧みに織り込まれている点です。第8話に登場したキーワードを解説し、物語への理解を深めましょう。
夜鷹(よたか)とは? – 江戸の夜に咲く儚い花、その実態
「夜鷹」とは、江戸時代において、主に夜間、路上で客を引いた私娼(公許の遊郭外で売春を行う女性)のことを指します。多くは生活に困窮した女性たちであり、吉原などの遊郭の遊女よりも低い身分とされていました。雨や雪の日でも軒下などに立ち、安い値段で春を売っていたと言われています。本作の夜鷹も、そうした厳しい現実の中で情報屋としてしたたかに生きる女性として描かれています。彼女の言葉や存在は、華やかな江戸の裏面史を垣間見せてくれます。

四満六千日(しまんろくせんにち)とは? – 功徳を求める人々の賑わい
「四満六千日」とは、特定の日に寺社へ参詣すると、四万六千日分の参詣に相当する功徳が得られるとされる日本の仏教における縁日のことです。特に東京・浅草の浅草寺(せんそうじ)で7月9日・10日に行われるものが有名で、この日に参拝すると、4万6千日分の功徳があるとされ、多くの参拝者で賑わいます。作中で奈津たちが訪れたのも、このような特別な縁日であり、当時の人々の信仰心や賑わいを伝えています。

合わせ貝(あわせがい)とは? – 雅な遊びに込められた恋の願掛け
「合わせ貝」は、平安時代から伝わる日本の伝統的な遊戯の一つです 。ハマグリなどの二枚貝の貝殻を左右に分け、内側に美しい絵や金箔、蒔絵などを施したり、和歌を書きつけたりします。遊ぶ際には、片方の貝殻(地貝)を並べ、もう片方の貝殻(出貝)と対になるものを探し当てるというものです。
一対の貝殻以外はぴったり合わないことから、夫婦和合や貞節の象徴とされ、嫁入り道具としても用いられました 。染五郎が奈津に「気になる御方に送れば成功間違いナシや」と勧めたのは、こうした背景を踏まえたものであり、恋の成就を願うおまじないのような意味合いも込められていたのかもしれません。

ふくらすずめとは? – 冬の季語と縁起物、その愛らしさ
「ふくらすずめ」とは、冬の寒い時期に、雀が寒さをしのぐために羽毛の中に空気を含んで丸々と膨らんだ姿を指す言葉です。その愛らしい姿から、豊かさや繁栄、福を招く縁起の良いものとされ、家紋や着物の柄、帯結び(振袖用の「ふくら雀」という結び方がある)などにも用いられてきました。染五郎が奈津に「ふくらすずめの根付」を勧めたのは、彼女の若々しさや可愛らしさに加え、幸福を願う気持ちが込められていたのかもしれません。

鬼灯(ほおずき) – 鬼の灯り、魂を導く提灯、不吉な暗示
おふうが解説したように、「鬼灯」はその赤い実の形が提灯に似ていることから、お盆に先祖の霊が迷わずに帰ってこられるように灯す提灯に見立てられ、「鬼の灯り」とも呼ばれます。また、その鮮やかな赤色は魔除けの色ともされています 。縁日の場面で鬼灯が印象的に描かれたのは、物語に漂う「鬼」の気配や、登場人物たちの魂の行方を暗示しているのかもしれません。染五郎が立ち去った後に鬼灯が一つ落ちる描写は、不吉な出来事の前触れを感じさせます。

散りばめられた謎と伏線考察 – 深まる物語の奥底
第8話では、今後の物語の展開に大きく関わってきそうな謎や伏線が数多く提示されました。
吉原の鬼女 – 梅毒と遊女の悲哀、社会の闇が生む鬼
冒頭で甚夜が討った鬼女は、梅毒に侵された元遊女でした。江戸時代の吉原遊郭は華やかな世界の裏で、多くの遊女たちが過酷な運命を辿りました。梅毒などの性病は遊女にとって死活問題であり、一度罹患すれば見捨てられ、悲惨な末路を迎えることも少なくありませんでした。この鬼女の存在は、そうした時代の闇と、搾取される女性たちの深い悲しみや怨念が鬼を生み出すという、本作のテーマの一つを改めて示しています。夜鷹の「アタシもいつかはああなるかもしれない」という言葉は、彼女自身の覚悟と、遊女たちの連帯感を象徴しているようです。

「雀海中に行って蛤になる」 – 迷信に隠された成熟への暗示と「なまめかしさ」
秋津染五郎が口にした「雀海中に行って蛤になる(すずめかいちゅうにいってハマグリになる)」という言葉は、古代中国から日本に伝わる俗信・迷信の一つです。これは『礼記』の「月令」などにも見られる記述で、秋になると雀の姿が見えなくなり、春になると浜辺で蛤がたくさん獲れるようになることから、雀が海に入って蛤に化生するという考えが生まれたとされています。

この迷信を染五郎が奈津に語った意図は何でしょうか。「お嬢ちゃんはまだ蛤にははやいようやからすずめの方がお似合いやろ。お嬢ちゃんの想いもいつか蛤になれるとええねえ」という言葉には、いくつかの解釈が可能です。
「雀」は若々しさ、無邪気さ、まだ成熟していない少女の象徴と捉えられます。一方、「蛤」は二枚貝であることから、対になるもの、つまり伴侶や結婚を暗示します。また、蛤の貝殻がぴったりと合うのは一対のものだけであることから、貞節や唯一無二の相手を象徴することもあります 。
さらに、蛤はその形状から女陰を連想させることがあり、古来より豊穣や生命力の象徴、あるいは性的な成熟を暗示するモチーフとして用いられることもありました 。この解釈を踏まえると、染五郎の言葉は、奈津がまだ少女(雀)であり、いずれ成熟した女性(蛤)となって想いを成就させる日が来ることを示唆していると深読みできます。この「なまめかしさ」は、奈津の秘めた恋心や、これから訪れるであろう心身の変化を暗示し、物語に艶っぽい奥行きを与えています。
子供の鬼「きくお」と酒「ゆいのなごり」 – 謎の依頼主の正体と目的は?
甚夜が討った子供の鬼「きくお」。その名は、依頼主の男と何らかの関係があるのでしょうか。男が勧めた酒「ゆいのなごり」も気になります。「結いの名残」と解釈すれば、何らかの縁や絆、あるいはその終わりを意味するのかもしれません。この依頼主の不敵な笑みは、彼が単なる依頼主ではなく、今後の物語に関わる重要な人物であることを予感させます。彼が「きくお」を鬼として討伐させた真の目的は何なのか、謎は深まるばかりです。
式神使いの陰陽師の噂 – 新たな勢力の影、染五郎との関連は?
夜鷹が残した「最近犬や鳥やらの式神を操る陰陽師が鬼を退治しているらしい」という情報。これは、三代目秋津染五郎の登場と符合します。彼もまた狼の式神を操っていました。この噂は、染五郎のような存在が他にもいること、あるいは彼らのような勢力が鬼狩りとして暗躍していることを示唆しているのかもしれません。甚夜にとって、新たな脅威となる可能性も考えられます。
奈津の異変の真相に迫る – 簪と笄、惹かれ合う魂のロマンス
物語の後半、奈津の身に起きた異変は、今回のエピソードの最大の謎であり、今後の展開の鍵を握る重要なポイントです。
奈津の甚夜への仄かな恋心 – 少女の純粋な想い
縁日の場面で描かれたように、奈津は甚夜に対して淡い恋心を抱いています。しかし、その想いを素直に表に出せないツンデレな一面も持っています。「あの時の横顔は、剣豪どころか凄く弱々しく見えて、私とおんなじと思うから安心できるんだと思う」という彼女の言葉は、強さだけでなく弱さも併せ持つ甚夜の人間的な側面に惹かれていることを示しています 。この秘めた恋心が、簪による異変の引き金の一つとなった可能性は十分に考えられます。
簪の力と奈津の変貌 – 鈴音の憑依説の否定と新たな可能性
秋津染五郎から受け取った簪をつけた途端、奈津は豹変し、甚夜を「お兄様」と呼び異常なまでに慕うようになります。この描写から、甚夜の妹・鈴音が憑依したのではないかという説も考えられます。しかし、夢殿の鬼であるおふうや、長年鬼の娘と暮らしてきた蕎麦屋の親父がその可能性に言及しないことから、鈴音の直接的な憑依ではない可能性が高いでしょう。おふうが「普通の簪ですよね」と言っていることから、簪自体が強力な呪物というよりは、何らかの触媒として機能したと考えられます 。

秋津染五郎作の簪と笄 – 物に宿る魂の「和合」という仮説
ここで僕が考えたのは、「簪と笄(こうがい)の和合」という仮説です。奈津が手にした簪は、秋津染五郎の作であると彼女自身が気づいていました。一方、甚夜は第5話で三浦直次から「もう必要ない」と託された「笄」を預かっています。この笄もまた、名工・秋津染五郎の作であったとしたらどうでしょうか。

古来より、優れた職人が魂を込めて作った物には、魂が宿ると言われています。簪は女性が身につける装飾品であり、笄は主に武士が身につける刀装具で、男性的なアイテムです 。もし、奈津の簪と甚夜の笄が、共に秋津染五郎の手による対となる作品、あるいは互いに惹かれ合うように作られたものであったとしたら。持ち主が異なるために離れ離れになっていた二つの品が、再び巡り合い、「和合」したいと願った。その強い想いが、甚夜に仄かな恋心を抱く奈津の心を媒介として、彼女の行動を支配したのではないでしょうか。

雀から蛤へ – 少女から女への変化、秘めた想いの開花と江戸の粋
秋津染五郎が奈津に語った「雀」と「蛤」の比喩も、この考察を後押しします。「雀」がまだ成熟していない少女の象徴であるならば、「蛤」は成熟した女性、そして対となる貝殻と結びつくことから「和合」や「結ばれること」を暗示します 。奈津の甚夜への恋心は、まだ「雀」のように幼く、表に出せないものかもしれません。しかし、簪という触媒を得て、その秘めた想いが「蛤」へと変化し、成熟した女性として「お兄様」である甚夜に添い遂げたいという強い願望として表出した。これは、江戸の風情を感じさせる、少しなまめかしくもロマンチックな解釈と言えるでしょう。簪と笄、二つの魂が持ち主の想いを乗せて惹かれ合うという構図は、非常に魅力的です。
「お兄様」の呼びかけに隠された、簪の願いと奈津の深層心理
奈津が甚夜を「お兄様」と呼ぶのは、血のつながりはないものの、同じ重蔵を父に持つ義理の兄妹という関係性が背景にあるかもしれません。しかし、重蔵は甚夜が実の子であることを奈津に伝えておらず、奈津自身が甚夜を実の兄として認識しているわけではありません。鈴音の憑依説も可能性が低いとなると、やはり簪そのものが「兄」を求めている、あるいは簪が奈津の深層心理にある「庇護されたい」「近しい異性に強く惹かれる」という想いを増幅させ、「お兄様」という言葉として表出させたのかもしれません。簪が笄を「兄」のように慕い、奈津の恋心がそれに同調した結果、彼女は「女として男の兄に添い遂げたい」という、ある種倒錯的でありながらも純粋な願いに突き動かされているのではないでしょうか。これは、江戸の粋な小話のような、大人向けのロマンチックな解釈とも言えます。

まとめと次回への展望 – 花宵簪が織りなす恋と怪異の行方
『鬼人幻燈抄』第8話「花宵簪(前編)」は、吉原の鬼女の悲話、新たな強敵・秋津染五郎の登場、そして奈津を襲った簪の謎と、多くの要素が絡み合い、物語が大きく動き出す予感に満ちた回でした。
特に奈津の異変は、彼女の甚夜への秘めた恋心と、秋津染五郎作の簪、そして甚夜が持つかもしれない笄というアイテムが複雑に絡み合った結果として描かれる可能性があり、非常に興味深い展開です。雀から蛤へ、少女から成熟した女性へと変化する奈津の想いが、この怪異にどのような影響を与えているのか。そして、三代目秋津染五郎の真の目的とは何か。
次回「花宵簪(後編)」で、これらの謎がどのように解き明かされるのか、そして甚夜は奈津を救い、染五郎との対決にどう臨むのか。一時も目が離せません。江戸の闇と光、人々の情念と怪異が織りなす物語の深淵を、引き続き見守っていきましょう。
皆さんは、奈津の異変の真相をどう考察しますか?そして、秋津染五郎の目的とは?ぜひ、あなたの感想や考察も聞かせてください。
それでは、また次回の感想でお会いしましょう。
👇とにかく笑いたい方必見!
リコリコショート第5話!~み、見られた・・・。「Bittersweet first love」
『鬼人幻燈抄』関連書籍とBlue-layの紹介
江戸編 幸福の庭 (双葉文庫) L文庫小説
百七十年後に現れる鬼神と対峙するため、甚太は甚夜と改名し、第二の故郷・葛野を後にした。幕末、不穏な空気が漂い始める江戸に居を構えた甚夜は、鬼退治の仕事を生活の糧に日々を過ごす。人々に紛れて暮らす鬼、神隠しにあった兄を探す武士……人々との出会いと別れを経験しながら、甚夜は自らの刀を振るう意味を探し続ける――鬼と人、それぞれの家族愛の形を描くシリーズ第2巻!
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☆☆☆☆☆今回はここまで。
👉使用した画像および一部の記述はアニメ公式サイトから転用しました。
👇前回の話はこちらです
鬼人幻燈抄7話解説「九段坂呪い宵」~江戸の粋が織りなす人情噺
【アニメ関連はこっちから】

