「阿波連さんはつまらない」~はかれる距離のseason2

序章:あの熱狂はどこへ? 静かなる失望の正体

2022年の春、私たちはある奇跡のような作品に出会いました。『阿波連さんははかれない』。小柄で物静か、人との距離をはかるのが少し苦手な阿波連れいなさんと、彼女の隣の席に座るライドウくん。一切のツッコミが存在しない二人のシュールで優しい世界は、私たちに新鮮な笑いと温かい感動を与えてくれました。

その人気は国内に留まらず、「欠点だらけで社会不適合な登場人物たちの恋愛と友情という、愛らしく爽やかなテーマへのアプローチ」として海外でも評価され、誰もが続編を熱望していました。そして2025年4月、ファン待望のseason2が放送開始。私も胸を躍らせて画面の前に座った一人です。

しかし、物語が進むにつれて、心の中に静かですが確かな違和感が広がっていくのを感じたのは、私だけではないはずです。ネット上には「1期は楽しめたのだが2期は…」「正直微妙」といった声が散見され、いつしか「阿波連さんははかれない season2 つまらない」という検索候補が私たちの不安を代弁するようになりました。

あれほどまでに私たちを魅了した輝きは、どこへ消えてしまったのでしょうか。なぜ、待望の続編は私たちの期待に応えられなかったのでしょうか。

本稿では、season1がなぜ傑作たり得たのかを改めて分析するとともに、season2がその魅力を失ってしまった理由を徹底的に考察します。そして、この作品が本来持っていたはずの輝きと、私たちが本当に見たかった物語の姿を探っていきたいと思います。これは単なる批判ではありません。愛した作品だからこそ、その本質に迫りたいという、切実な願いを込めた分析です。

第1章:魂の輝き ― 私たちが愛した「はかれない」という魔法

season2の問題点を語る前に、まず私たちがseason1の何に熱狂したのかを正確に思い出す必要があります。この作品の魅力は、単なる「かわいいキャラクター」や「面白いギャグ」といった言葉だけでは到底語り尽くせません。その根底には、他の何にも似ていない、唯一無二の「魔法」が存在していました。

「はかれなさ」が生む、予測不能なシュールギャグ

この作品の根幹をなすのは、公式のキャッチコピーにもある「遠すぎたり」「近すぎたり」という、予測不能な距離感です。阿波連さんは、人との距離をはかるのが苦手。その結果として生まれる常識外れの行動(いきなり顔が数センチの距離にある、お弁当を全部あげようとする等)は、それ自体が笑いの源泉でした。

しかし、この作品が天才的だったのは、そのボケに対してライドウくんが「ツッコミ」ではなく「シュールな解釈」で応じた点です。阿波連さんの奇行を「殺し屋一家の掟なのではないか」などと超解釈し、彼女を理解しようと試みるライドウくんの姿は、すれ違いコントのような面白さを生み出しました。ライドウくん役の寺島拓篤さんが「演じていて楽しくて、ライドウくんとしてあの独特な空間にいられる時間がすごく幸せだった」と語るように、このツッコミなき空間こそが、本作の核となる魅力だったのです。

沈黙に宿るコミュニケーションの本質

『阿波連さん』は、言葉が極端に少ないアニメでした。しかし、その沈黙や「間」には、雄弁な感情が宿っていました。BGMや巧みな演出は、セリフに頼らずとも二人の心の動きを繊細に描き出し、私たちはその「感情の間」に引き込まれました。

これは、単なる演出の妙ではありません。この作品は、「コミュニケーションとは何か?」という根源的な問いを私たちに投げかけていたのです。言葉を交わさなくても、相手を理解しようと必死に思考を巡らせ、行動で示そうとする。その不器用で、ひたむきな姿こそが、真のコミュニケーションなのではないか。私たちは、阿波連さんとライドウくんの関係性の中に、現代社会が忘れかけているかもしれない、人間関係の理想郷を見ていたのです。

海外からも絶賛された唯一無二の世界観

この独特な魅力は、文化の壁を越えました。海外のレビューサイトでは、「このアニメはファンタジーに脱線することなく、自らの核心にある美を追求している」「奇妙な2人が、ごく普通に奇妙なことをするギャグコメディ」「他のコメディよりも笑わせてくれる」といった称賛の声が上がっています。

一方で、この作風が合わないと感じる層も存在しました。「今のままでは単純に退屈で一般的なものになりそうだ」「ユーモアは、ぞっとするようなものばかりだ」という批判的な意見も、この作品が持つ鋭い個性の裏返しと言えるでしょう。万人に受けることを狙わず、自らの信じる面白さを突き詰めたからこそ、『阿波連さん』は一部の視聴者にとって、忘れられない特別な一作となったのです。

第2章:失われた魂 ― なぜSeason2は「つまらない」のか?

では、なぜseason2はこれほどの輝きを失ってしまったのでしょうか。アニメーション制作はFelixFilmが続投し、声優陣の演技も安定しています。しかし、多くの視聴者が感じた「何かが違う」という感覚。その正体は、作品の根幹を揺るがす、たった一つの変化にありました。

致命的な変化 ― 「はかれる」ようになってしまった阿波連さん

season1の最終回、二人はついに恋人同士になりました。そしてseason2は、付き合い始めた二人の新学期から始まります。これはファンが待ち望んだ展開のはずでした。しかし、この「恋人」という明確な関係性が、皮肉にも作品最大の魅力であった「はかれなさ」を破壊してしまったのです。

season1において、阿波連さんの行動原理は謎でした。なぜ彼女はライドウくんに懐いているのか?私たちはライドウくんと共にその謎を解き明かそうと、彼女の一挙手一投足に注目しました。しかしseason2では、その行動原理に「好きだから」という、あまりにも分かりやすい答えが与えられてしまいます。

これにより、かつて無数の解釈が可能だった二人の行動は、すべて「恋愛」という一つのフィルターを通して解釈されるようになりました。ミステリアスな緊張感は失われ、『阿波連さんははかれない』というタイトルそのものが自己否定されてしまったのです。

凡庸なラブコメへの転落 ― 没個性という名の退屈

「はかれなさ」という魂を失った物語がたどり着いたのは、「凡庸なラブコメ」という安住の地でした。レビューサイトには「物語の変化も盛り上がりもなく、ずっとイチャイチャイチャイ…」という感想が寄せられています。文化祭や新キャラとの交流といった学園ものの定番イベントは描かれるものの、そこから生まれるドラマは、他のラブコメ作品との差別化が難しい、ありふれたものに感じられました。

特に深刻だったのは、阿波連さんのキャラクター性の変化です。season2では、ライドウくんに赤面したり、乙女なリアクションを見せたりする場面が増えました。これを「かわいい」と捉える向きもあるでしょう。しかし、ある感想では、阿波連さんが「だんだんと『普通の』ヘテロ恋愛規範をインストールされていく」ことへの違和感が指摘されています。感情表現が苦手なはずの彼女が、いともたやすく「デレる」。それは、キャラクターが持つ固有の葛藤や個性を、安易な「萌え」の消費に置き換えてしまったように見えました。

ライドウくんの魅力もまた、半減しました。彼のシュールな妄想は、阿波連さんの行動が「はかれない」からこそ輝いていました。しかし、彼女の行動が「好きだから」で説明できてしまう今、彼の妄想は存在意義を失い、単なる奇人の空回りとしてしか機能しなくなってしまったのです。

機能不全に陥った周辺要素

season2では、転校生の玉那覇さんや新米教師といった新キャラクターが登場し、物語に変化をもたらそうとします。しかし、主役コンビの関係性が「付き合っている」という安定状態に入ってしまったため、彼らは物語をかき乱す起爆剤にはなれませんでした。

阿波連さんの幼馴染である大城さんをはじめとするサブキャラクターたちは、season1から物語に彩りを添える重要な存在でした。season2でも彼らのエピソードは描かれますが、主役二人の物語が停滞しているため、かえって脇役のドラマの方が魅力的に見えてしまうという逆転現象すら起こっていました。物語の主軸が機能不全に陥っていたことの、何よりの証拠と言えるでしょう。

第3章:心の機微を読み解く ― 恋愛とキャラクター性のジレンマ

ここからは、もう少し深く、この物語が直面した問題について考えてみたいと思います。これは『阿波連さん』だけの問題ではなく、多くの恋愛作品が抱える普遍的なテーマでもあります。

「好き」という感情は、個性を殺すのか?

恋愛小説の書き方では、登場人物の心情を丁寧に描き、読者の共感や感情移入を得ることが重要だと説かれます。しかし、恋愛感情が強くなりすぎると、キャラクターが本来持っていた個性がその感情に飲み込まれてしまうことがあります。

season1の阿波連さんは、「低燃費系女子」という唯一無二の個性を持っていました。彼女の行動は、他者に媚びるものではなく、彼女自身の内なる論理に基づいていたように見えました。しかしseason2では、彼女の行動の多くが「ライドウくんにどう思われるか」という他者依存的な動機に置き換えられてしまったように感じられます。

これは、キャラクターの個性に惹かれていた読者にとって、大きな喪失感をもたらします。恋愛という普遍的なテーマに回収されることで、キャラクターが「普通」になってしまう。このジレンマは、キャラクター性と恋愛の共存の難しさを示唆しています。

私たちが見たかったのは「共感」か、それとも「憧れ」か

物語に感情移入するためには、キャラクターに「共感」できることが重要です。しかし、私たちが『阿波連さん』に求めていたのは、本当に「共感」だったのでしょうか。

人との距離感が分からず悩む、という点では共感できる部分もあるかもしれません。しかし、私たちは彼女の「はかれなさ」を欠点としてではなく、むしろ魅力として捉えていたはずです。常識に縛られず、自分のペースで世界と関わる彼女の姿に、一種の「憧れ」すら抱いていたのではないでしょうか。

season2は、二人の関係を「付き合っているカップル」という分かりやすい型にはめることで、より多くの視聴者からの「共感」を得ようとしたのかもしれません。しかしその結果、私たちが抱いていた「憧れ」の対象は失われ、物語は色褪せてしまいました。読者が作品に何を求めているのかを見誤ると、たとえ良かれと思って行った改変でも、失望につながってしまうのです。

第4章:あり得たかもしれない未来 ― 私たちが本当に見たかった『阿波連さん』

では、season2はどのような物語であるべきだったのでしょうか。もちろん、これは詮無い「if」の話です。しかし、この作品を愛した者として、あり得たかもしれない理想の姿を夢想せずにはいられません。

理想の姿①:「恋人未満」の関係性を突き詰める道

最も安全で、かつ多くのファンが納得したであろう道。それは、season1の最終回で二人の関係を確定させず、「友達以上、恋人未満」という最も美味しく、最も「はかれない」関係性を維持し続けるという選択です。

二人はお互いを意識している。でも、その気持ちをどう表現していいか分からない。だからこそ、シュールな行動と妄想はさらに加速していく――。この道は、作品が持つ唯一無二の魅力を損なうことなく、その純度をさらに高めていく可能性を秘めていました。

理想の姿②:付き合った後の「新たなるはかれなさ」を創造する道

より挑戦的で、成功すれば傑作になり得た道。それは、付き合うという事実を受け入れた上で、「恋人になったからこそ生じる、新たなるはかれなさ」を描くという選択です。

例えば、恋人らしく振る舞おうと意識するあまり、これまでの自然な距離感が分からなくなる。愛情表現のつもりが、常に斜め上のシュールな行動になってしまう。ライドウくんも、彼女の行動を「恋人だから」と理解しようとするものの、その解釈がことごとくズレていく。

この道は、「付き合ったら終わり」というラブコメの定説を覆し、「はかれなさ」というテーマを新たな次元へと進化させる可能性がありました。水瀬いのりさんが語る「今までとは変わらない2人ならではのシュールな笑いの展開もありつつ、胸が痛くなったり、苦しくなったりするシーン」が、この方向性で描かれていれば、また違った評価になったかもしれません。

理想の姿③:第1期での「美しい完結」という選択

そして最後に、最も潔く、勇気のいる選択肢。それは、season2を制作しない、という決断です。レビューサイトには「1期の終わり方が完璧だったので」「1期は良い感じに締めれた」という声が多く見られます。

商業的な成功やファンの声に応えることは重要です。しかし、物語として最も美しい瞬間に幕を引くこともまた、クリエイターの誠実さの表れではないでしょうか。私たちの中で、season1は永遠に輝き続ける傑作として記憶されたかもしれません。

結論:それでも私たちは『阿波連さん』を忘れない

ここまで、『阿波連さんははかれない season2』がなぜ私たちの期待に応えられなかったのかを考察してきました。その原因は、作品の魂であった「はかれなさ」を放棄し、「はかれる」凡庸なラブコメへと変質してしまったことに尽きます。

私たちは、この作品を単なるラブコメだとは思っていませんでした。それは、コミュニケーションの本質に迫る、不器用で、ひたむきで、とてつもなく優しい人間賛歌でした。その核となるテーマが失われたとき、物語の輝きもまた失われてしまったのです。

しかし、この失望は、私たちがseason1を深く愛していたことの裏返しでもあります。そして、この作品が投げかけた「人との距離感」というテーマは、現代を生きる私たちにとって、今もなお重要な問いであり続けています。

他者とどう関わればいいのか。自分の気持ちをどう伝えればいいのか。恋愛であれ、友情であれ、私たちは常に「はかれない」他者の心と向き合わなければなりません。その難しさと、それでも繋がろうとすることの尊さを、『阿波連さん』は教えてくれました。

このブログでは、こうした人間関係やコミュニケーションの機微を、様々な作品を通して考察しています。もし、あなたが今回の話に少しでも共感してくださったなら、きっと他の記事も楽しんでいただけるはずです。

season2への評価は厳しいものになりましたが、阿波連さんとライドウくんが私たちにくれた温かい時間と、大切な問いかけを、これからも忘れることはないでしょう。あはれ。実に、あはれな作品でした。

2022_MLB

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