おかえりなさい。びわおちゃんブログ&アニオタWorld!へようこそ。
今日もお仕事、本当にお疲れさまでした。
重たい荷物を一度下ろして、今は少しだけ肩の力を抜いてください。
ここからは、僕と一緒に少し不思議な世界へ旅に出ましょう。
今回ご紹介するのは、2013年公開の映画『サカサマのパテマ』です。
もしも、見上げた空が「落ちて吸い込まれそうな底なしの奈落」だったとしたら?
もしも、手を離した瞬間に永遠の死が待っているとしたら?
この物語は、重力が真逆の少年と少女が出会い、互いの体を「錨(いかり)」にして世界を旅するボーイ・ミーツ・ガール。
でも、単なる冒険活劇じゃありません。
これは、大人になった僕たちが忘れかけている「命がけの信頼」と「視点の転換」の物語なんです。
凝り固まった常識が物理的にひっくり返る快感と、誰かと手を繋ぐことの「物理的な重さ」。
見終わった後、きっとあなたは大切な人の手を、もう一度ギュッと握り返したくなるはずです。
それでは、ホットウイスキーでも片手に、ゆっくりと語らいましょうか。
常識が引っくり返る「めまい」の快感。あるいは、足場を失う恐怖について
その「空」は、自由ではなく「地獄」だった
空を見上げて「怖い」と感じたことはありますか?
僕らは普段、空を「開放感」や「自由」の象徴として捉えていますよね。
週末の晴れた空を見て「ああ、どこかへ行きたい」と思う。それは、僕らの足が地面にしっかりと縛り付けられているという絶対的な安心感があるからです。
でも、この作品の主人公・パテマにとって、空は全く別の顔をしています。
彼女にとっての空は、足を滑らせたら最後、二度と帰ってこられない「地獄の釜の底」なんです。
映画の冒頭、彼女の視点で描かれる「空への落下」のシーン。
ここ、本当に心臓がキュッとなりました。
フェンスにしがみつく彼女の背中には、広大な空が広がっているんですが、その美しさが逆に恐ろしい。
「落ちる!」という感覚が、画面越しに脳髄を直接刺激してくるんです。
僕たちも、ふとした瞬間に足元がグラつくこと、ありませんか?
信じていた会社の方針が変わったり、変わらないと思っていた人間関係が崩れたり。
「あれ、私が立っている場所って、こんなに頼りなかったっけ?」
そんな日常のふとした不安が、パテマの感じる「重力の恐怖」とリンクして、妙にリアルに刺さるんですよね。

脳がバグる映像体験と、没入するための音響
この映画の真骨頂は、エイジ(地上)とパテマ(地下)の視点が目まぐるしく入れ替わるカメラワークにあります。
エイジの視点ではパテマが天井に張り付いているように見え、パテマの視点ではエイジがコウモリのようにぶら下がっているように見える。
見ている僕らの三半規管も、いい意味でかき乱されます。
「上が下で、下が上で……あれ?」
脳がバグるようなこの浮遊感、日常生活ではまず味わえない「心地よいめまい」です。
この没入感を120%楽しむために、僕が強くおすすめしたいのが、ノイズキャンセリング機能のついた良質なヘッドホンでの視聴です。
風を切る音、きしむフェンスの音、そして二人の荒い息遣い。
耳元で囁かれるような臨場感が、物語への没入度を格段に上げてくれます。
僕は最近、ソニーのワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン WH-1000XM5を使っているんですが、これがもう、世界が変わります。
周囲の雑音が消えて、自分だけが重力から解き放たれたような感覚。
映画の世界に「落ちる」体験をするには、最高の相棒です。
週末の夜、部屋の電気を消して、これをつけて映画の世界に浸るのが、僕の密かな贅沢なんです。
少し値は張りますが、自分だけの世界に逃げ込むための「搭乗券」だと思えば、安いものかもしれません。
二人の「床」は真逆。手を離せば永遠の別れになる。
抱きしめることは、愛である前に「生存戦略」だった
互いが互いの「重り」になるという幸福
恋愛ドラマでよくある「君を離さない」というセリフ。
正直、この歳になると「はいはい、ごちそうさま」なんて斜に構えてしまうこともあります(笑)。
でも、『サカサマのパテマ』における「離さない」は、文字通り「死」を意味します。
パテマはエイジにしがみついていないと、空へ落ちて死んでしまう。
逆にエイジは、パテマという「浮力(彼にとっては重り)」を持つことで、普段なら飛べない高さまで跳躍できる。
二人が抱き合うシーンは、ロマンチックである以前に、生きるための必死な「生存戦略」なんです。
でも、だからこそ、その姿が猛烈に美しく見える。
一人では軽すぎて、どこかへ飛んでいってしまうパテマ。
一人では重すぎて、地面に縛り付けられているエイジ。
二人の「欠落」がガチッとはまり込んで、初めて世界を自由に移動できる。
これって、大人の人間関係の理想形だと思いませんか?
若い頃は「自立しなきゃ」「一人で立たなきゃ」と肩肘張っていたけれど、今になって思うのは、「誰かの重荷になることも、悪くないな」ということ。
自分の弱さが誰かの役に立ったり、誰かの重さが自分を繋ぎ止めてくれたりする。
「重たい」って、実はとても温かいことなんだなと、二人の必死なハグを見ていて涙腺が緩んでしまいました。
言葉よりも雄弁な、震える手のひら
物語の中盤、二人が極限状態で手を繋ぐシーンがあります。
言葉なんていらないんです。
ただ、繋いだ手のひらの汗や、震えや、握り返す力強さだけで、すべての感情が伝わってくる。
「怖い。でも、信じてる」
「絶対に離さない。僕に命を預けてくれ」
そんな心の声が、セリフ以上に雄弁に語りかけてきます。
僕たちが普段、どれだけ多くの言葉を費やしても伝えきれない信頼が、そこにはあります。
理屈や条件じゃなく、「この手を離したら終わり」という極限状態だからこそ生まれる、純度100%の絆。
そんな張り詰めたシーンを見ていると、無意識に体に力が入ってしまいますよね。
ここで少し、甘いものでもつまんで脳をリラックスさせませんか?
僕のおすすめは、六花亭のマルセイバターサンド。
濃厚なバタークリームとレーズンの甘みが、緊張した神経を優しく解きほぐしてくれます。
冷蔵庫で冷やしたバターサンドを、温かい紅茶と一緒にいただく。
エイジとパテマの命がけの冒険を横目に、安全な部屋で甘美な背徳感に浸る……これぞ、大人の映画鑑賞の醍醐味です。
北海道の物産展とかで見かけると、ついまとめ買いしちゃうんですよね、これ。
エイジとパテマは運命の出会いだった
さて、ここから少しだけ、物語の核心に触れる話をさせてください。
エイジとパテマが出会ったのは、単なる偶然だったのでしょうか?
物語が進むにつれて明かされるのは、エイジの父・エイイチと、パテマが姉のように慕っていた憧れの人・ラゴスの関係です。
実は、彼ら親世代もまた、重力の壁を超えて出会い、友情を育んでいました。
「空の向こうには何があるのか?」
そんな純粋な好奇心で結ばれた二人の男たちは、大人たちの事情や社会の圧力によって引き裂かれ、志半ばで命を落としたり、捕らえられたりしてしまいます。
けれど、彼らは「飛行船」という名のバトンを、世界の片隅に隠していました。
パテマが偶然空(エイジの世界)へ落ちてきたこと。
そこでエイジがパテマを見つけ、手を伸ばしたこと。
それは、「偶然」という言葉で片付けるには、あまりにも出来すぎています。
僕はこう思うんです。
これは、引き裂かれた父たちの夢が、子供たちの手によって再び紡がれ始めた瞬間なのだと。
親たちが越えられなかった壁を、子供たちが「恋(あるいはそれに似た強い絆)」という力で突破していく。
止まっていた時計の針が、二人の出会いによってカチリと動き出す音が聞こえるようでした。
「血の繋がり」よりも濃い、「魂の因縁」みたいなものが、この二人を強く結びつけている。
そう考えると、あの無謀な冒険も、すべては定められた運命のレールの上を走っているような、不思議な安心感を覚えるのです。
「運命の相関図」
「飛行船」を遺す
引き裂かれた父たちの夢が、
子供たちを「本物の空」へ導いた必然。
正義の反対は「悪」ではなく「別の視点」だった
わかり合えない二人が描く、ゼロ・グラビティ
「あなたと私は違う」
そう言われて、拒絶されたように感じたことはありませんか?
でも、この映画を観ると、その言葉が全く別の意味を持って響いてきます。
エイジとパテマは、最後まで重力が同じになることはありません。
安易なハッピーエンドなら、何らかの奇跡が起きて「二人とも同じ重力になって幸せに暮らしました」となりそうなものです。でも、彼らはサカサマのまま。
エイジにとっての床は、パテマにとっての天井。
二人が抱き合うとき、それは「支え合い」であると同時に、互いの体を強烈に引っ張り合う「負荷」でもあります。
けれど、僕はそこに、大人の関係性の理想形を見るのです。
全てを理解し合わなくてもいい。同じ方向を向いていなくてもいい。
互いが違う視点(重力)を持っているからこそ、一人では見えない景色が見える。一人では行けない場所へ飛べる。
「わかり合えないこと」を嘆くのではなく、「わかり合えないまま、手を繋ぐ」。
無理に相手の色に染まる必要はない。ただ、エイジとパテマのように、互いの「違い」を推進力に変えられたら、僕らの人間関係はもっと軽やかになるのかもしれません。
【こんな感じです】
「ただ、視点が違うだけ」
世界の裏側では誰かの真実かもしれない。
正義とは何か・真実は何を語るのか
さて、ここで少しビターな話をしましょう。
この映画には、エイジたちの国「アイガ」と、パテマたちの「地下世界」という対立構造があります。
アイガの人々は、パテマたちを「空へ落ちる罪人」と呼び、自分たちこそが選ばれた正常な人間だと信じて疑いません。
なぜ彼らはそこまで頑ななのか?
物語が進むにつれて見えてくるのは、「声の大きい者が歴史を作る」という、僕らの社会でも嫌というほど見かける構図です。
アイガは強大で、規律正しく、そして何より「声が大きい」。
対して、地下の民は静かで、争いを好みません。
でも、真実はどちらにあったのか?
「正義の矛盾と真実」
※実は、自分たちが異常(サカサマ)であることを隠すための、攻撃的な防衛本能。
声高に正当性を主張せず、争いを避けて地下へ潜った。
※「正しい」からといって、勝てるわけではない現実。
図解で示した通り、実はアイガの人々が振りかざしていた「正義」は、自分たちのコンプレックスや恐怖を隠すための鎧に過ぎませんでした。
「空が怖い」という本能的な恐怖を、「空を見る者は罪人だ」という道徳的な正しさにすり替えていたのです。
これ、ゾッとするほどリアルじゃありませんか?
会議で理路整然と正論を吐く人が、実は自分のミスを隠そうとしているだけだったり。
「常識」や「マナー」を盾に攻撃してくる人が、実は変化を恐れているだけだったり。
僕らが普段、押し付けられている「正義」の正体も、案外そんなものなのかもしれません。
エイジがアイガの教育に違和感を持ち続けたように、僕らもまた、大きな声にかき消されそうな「小さな違和感」を大切にしていい。
その違和感こそが、真実への入り口なのですから。

世界が反転したあと、明日からの景色はどう見えるか
自分の信じていた地面が、実は天井だった。
この映画がもたらす最大のカタルシスは、この「価値観のコペルニクス的転回」にあります。
もし、あなたが今、「仕事がつらい」「今の生活から抜け出せない」と悩んでいるとしたら。
それはもしかすると、アイガの人々のように「偽物の空(天井)」を見上げているだけなのかもしれません。
視点をクルッと180度変えてみたら?
「逃げること」が「飛ぶこと」に変わるかもしれない。
「落ちること」が「自由になること」かもしれない。
そんなふうに視点を物理的に変える体験を、自宅でも味わってみたくないですか?
僕が最近、自分へのご褒美に導入して感動したのが、Ankerのモバイルプロジェクター「Nebula Capsule 3」です。
これ、天井に映像を投影できるんです。
ベッドに寝転がって、天井いっぱいに『サカサマのパテマ』を映し出す。
するとどうでしょう。自分の部屋の天井がそのまま「空(あるいは底なしの奈落)」に変わります。
まるでパテマになったかのような没入感。
週末の夜、缶ビールを片手に天井を見上げれば、狭いワンルームが無限の宇宙船に早変わり。
「視点を変える」ための投資として、これ以上のものはないと断言します。
あのラストシーンが教えてくれた、世界の本当の形(ネタバレあり)
ここからは、まだ作品を観ていない方は引き返してください。
……準備はいいですか?
それでは、世界の「底」を抜きに行きましょう。
空想が現実に変わる瞬間のカタルシス
「構造図解(世界の真実)」
物語の終盤、僕たちは戦慄します。
パテマたちが目指していた「空」の先には、無機質な機械と照明が広がる「人工の空」がありました。
そして、そのさらに向こう側、アイガの地表がひび割れた先に現れたのは……本物の星空と、地球の表面でした。
そう、「サカサマ」だったのは、エイジたちの方だったのです。
アイガの世界は、地下深くに作られた巨大な人工都市でした。
彼らが見上げていた空は、ただの映像装置。
彼らが「罪人」と呼んでいたパテマたちこそが、地球本来の重力を持つ「地上の民」の末裔だった。
このどんでん返しが明かされた瞬間、僕は鳥肌が止まりませんでした。
単なるSF的なギミックの面白さだけではありません。
「自分が正常だ」「自分が世界の中心だ」と信じていた足場が、音を立てて崩れ去る感覚。
アイガの独裁者・イザムラが、最期に空(実は地底の底)へ落ちていくシーンは、哀れでありながら、どこか象徴的です。
彼は、自分の作り上げた「小さな箱庭の正義」と共に、重力に引かれて沈んでいったのです。
一方で、真実を知ったエイジはどうしたか。
彼は絶望しませんでした。
「僕たちの世界は嘘だったのか」と嘆くのではなく、パテマの手を握り直し、本物の星空を見上げてこう言います。
「なんて綺麗なんだ」と。
ここが、僕がこの映画を愛してやまない理由です。
自分の信じていた世界が偽物だと知ったとき、それを「絶望」と捉えるか、「新しい世界の始まり」と捉えるか。
エイジは後者を選びました。
それは、彼がパテマという「異質な存在」を受け入れ、共に歩んできたからこそ辿り着けた境地です。
僕たちも、大人になる過程で、信じていたものが嘘だったと知る瞬間があります。
会社の理不尽さ、社会の不公平さ、自分自身の限界。
でも、その「箱庭」の天井が破れたときこそ、本物の空に出会えるチャンスなのかもしれません。
「ああ、私の悩みなんて、人工の空の下の出来事だったんだな」
そう思えたら、明日からの景色は、今までより少しだけ鮮やかに、広く見えるはずです。
そんな脳みそが揺さぶられるような体験をした後は、泥のように眠りたくなりませんか?
感情のジェットコースターに乗った体は、意外と疲れているものです。
僕は映画を見終わった後、コアラマットレスにダイブするのが至福のルーティンになっています。
振動を吸収してくれるこのマットレスは、まるで無重力空間に浮いているような寝心地。
エイジとパテマが感じた浮遊感を、安全な寝室で再現しながら、深い眠りに落ちる。
翌朝、目が覚めたときの「地に足がついた感覚」への感謝も含めて、この映画体験は完結するのです。
まとめ
疲れた大人にこそ効く、視点の処方箋
最後に、この映画をどんな人におすすめしたいか、整理しておきますね。
こんな人におすすめ
- 「自分が正しい」と思い込むことに疲れてしまった人。
- 職場や家庭で、価値観の違う相手との関係に悩んでいる人。
- 日常の閉塞感を、物理的な「視点の転換」で打破したい人。
- 静かに泣きたい、でも最後は前を向きたい夜を過ごしている人。
こんな人には(今は)おすすめしないかも
- 極度の高所恐怖症の人(本当に怖いです、映像がリアルすぎて)。
- 単純明快な「正義vs悪」のスカッとするアクションを求めている人。
- 今は頭を使わず、ただただ笑いたい気分の人。
『サカサマのパテマ』は、劇薬です。
見終わった後、いつもの天井が、いつもの空が、少し違って見えるかもしれません。
でも、その「違和感」こそが、あなたの日常を少しだけ豊かにするスパイスになるはずです。
※サカサマのパテマはU-NEXTで見よう!
U-NEXT
(31日間無料)
画質・音質◎
Prime
(30日間無料)
買い物も便利。
ストア
(初月無料)
作品数No.1級。
明日、会社へ行くとき、あるいはスーパーへ買い物へ行くとき。
ふと空を見上げてみてください。
「もし、あそこへ落ちていけるとしたら?」
そんな妄想を一つポケットに入れて歩くだけで、重たい現実が、ほんの数グラムだけ軽くなる気がしませんか?
あなたの世界が、明日も優しい重力で満たされていますように。
それでは、また次の記事でお会いしましょう。
おやすみなさい。良い夢を。
『サカサマのパテマ』を
U-NEXTで無料視聴する
▼ U-NEXTのメリット
- 31日間無料で体験できる
- 登録後すぐに600ポイントもらえる
- ダウンロードしてオフライン再生可能
※31日間以内に解約すれば無料です
☆☆☆今回はここまで!また見てね👋
👉使用した画像および一部の記述はスタジオリッカサイトから転用しました。
【アニメ関連はこっちから】
びわおちゃんブログをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

