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――「目が見えなくても、それでも一番に選んでくれますか」。第5話「打ち上げ花火」の核心は、手を繋いだことだけではありません。冬月小春が初めて、視覚障害を「恋を諦める理由にされるかもしれないもの」として口にしたことです。花火は雨で上がらなかった。それでも、見えない恋は声と手の温度を頼りに、相手へ触れ始めました。
※TVアニメ『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』第5話「打ち上げ花火」のネタバレを含みます。
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U-NEXTで配信状況を確認する U-NEXTで配信状況を確認する →かけ恋第5話の結論|花火が上がらなかった夜に、恋だけが残った
「死んでからもなお生き続ける」——その望みが、花火という形になった日。
【かけ恋】第4話考察|「死んでからもなお生き続ける」を望んだ冬月小春が、花火を買った日 考察を読む →第4話で買った花火は、まだ袋の中にある
第4話で小春とかけるは、打ち上げ花火を買いました。
前回の記事では、あの花火を「誰かの記憶に同じ夜を刻む装置」と考察しました。言葉でしかなかった小春の願いが商品になり、持ち帰れるものになった。つまり第4話は、小春が「覚えていてほしい」という望みに、自分の手で形を与えた回でした。
そして第5話のタイトルは「打ち上げ花火」。
いよいよ空に上がるのだと思いますよね。
ところが、学祭の花火は雨で中止。第4話で買った花火も、まだ使われません。
この作品は、見たいものを簡単には見せてくれません。花火を上げるために一話を使うのではなく、上がらなかったとき二人の間に何が残るのかを描きました。
空には何も咲きませんでした。
その代わり、雨の帰り道に手が繋がれます。
第5話は「打ち上げ花火」という題名でありながら、花火の不在を描いた回です。そして不在だったからこそ、目で見る光ではなく、声と手の温度によって成立する二人だけの夜が生まれたのです。
かけ恋 第5話「打ち上げ花火」|花火が上がらなかった夜に、恋だけが打ち上がった
第5話の核心を、4つの場面から整理しました。
白い霧演出
見える側を映す鏡
「見にくい」と感じたとき、私たちの視覚への依存が浮き彫りになる。白い霧は小春ではなく、見る側の習慣を映していた。早見沙織さんの声が、映像の輪郭を補完する。
「大変そう」という言葉
優しいのに距離を作る
小春は「案外、普通に生きている」。けれど「大変そう」と言われるたび、相手との間に境界線が引かれる。かけるは「分かった」のではなく「分かろうとしてくれた」。
「冬月なら、1位だよ」
条件ではなく名前を選んだ言葉
「冬月でも」ではなく「冬月なら」。かけるは視覚障害を差し引いたのではなく、最初から差し引かなかった。小春の「選んでくれますか」という問いに、迷わず答えた。
「手、繋いでもいい?」
支援ではなく告白
「危ないから」ではなく「繋ぎたいから」。白杖は自分で歩く道具。かけるの手は、誰かと歩く選択。第4話の「覚えてほしい」が、第5話で「選んでほしい」へ変わった。
第4話で買った花火は、まだ袋の中。それでも、見えない恋は声と手の温度を頼りに、相手へ触れ始めた。
「見えるイベント」が消えたあと、二人は互いを見つけた
打ち上げ花火は、きわめて視覚的なイベントです。
夜空に広がる光。消える直前の色。花火に照らされた隣の人の横顔。
もちろん、小春も音や振動、火薬の匂い、周囲の歓声から花火を受け取れます。それでも、かけるが見る花火と、小春が受け取る花火は同じではありません。
ところが、その花火自体が消えました。
雨音に包まれた帰り道では、かけるの視界も傘によって狭められます。足元は濡れ、夜道は歩きにくい。小春だけが不自由な場所ではなく、二人とも少し慎重になる場所です。
花火が上がっていれば、二人は同じ空を見上げていたでしょう。
けれど花火が消えたため、二人は互いのほうを向くことになりました。
空の光より、隣にいる人を選んだ夜。
第5話のロマンチックさは、派手な成功ではなく、この静かな予定変更にあったのではないでしょうか。
第5話の白い霧演出|「見にくい」と感じた私は、何を見ていたのか
小春の視点で描かれた、白に似た透明なもや
第5話の前半では、画面が白い霧に包まれます。
輪郭がぼやけ、色彩が薄くなり、人物の表情や背景がつかみにくい。小春が語る「白に似た透明なもや」を、映像として表したものなのでしょう。放送後にも、冒頭の淡くぼやけた画面を小春の見ている世界と受け取った感想がありました。
正直に書きます。
一度目に観たとき、私はこの映像が嫌でした。
見にくかったからです。
小春の表情も、部屋の様子も、せっかく描かれているのにはっきり見えない。白い霧が早く晴れて、いつもの鮮明なアニメ映像へ戻ってほしいと思いました。
けれど、少し立ち止まってみましょう。
私はなぜ、あれほど簡単に「見にくい映像」と判断したのでしょうか。
物語が理解できなかったからではありません。自分が慣れている方法で、十分な情報を受け取れなかったからです。
私たちは普段、キャラクターの表情、視線、服、背景、色、動きを、ほとんど意識せず同時に受け取っています。それが当然になっているため、映像から情報を取り出しにくくなった瞬間、「もっと見せてほしい」と作品側へ要求してしまう。
しかし小春には、白い霧を消して通常の画面へ戻す選択肢がありません。
私が前半のわずかな時間で感じた見づらさを、彼女はスキップできないのです。

二度目は画面を見ず、音声だけで聞いてみました
二度目は、画面を追わずに音声だけを聞いてみました。
すると、一度目より場面を想像しやすくなりました。
小春の声。衣擦れ。足音。周囲のざわめき。かけるの不器用な話し方。言葉と言葉の間に置かれた沈黙。
白い霧の奥にある「本来の映像」を見つけようとするのをやめると、音から別の景色が立ち上がってきたのです。
もちろん、画面を見ずに一度聞いたからといって、小春と同じ世界を体験したことにはなりません。
目を閉じることと、目が見えない状態で生活することは同じではありません。「白に似た透明なもや」も、小春という一人の人物の見え方であって、すべての視覚障害者に共通するものではないでしょう。
二度目に分かったのは、小春の世界そのものではありません。
自分がどれほど視覚に頼って物語を受け取っていたかということでした。
一度目の私は、見えない部分を不足だと思いました。
二度目の私は、その不足を声と音から補おうとしました。
小春は世界を受け取っていないのではありません。声から人の位置を知り、足元の感触を確かめ、手の温度から隣にいる人を知る。私たちが目で一度に受け取る情報を、別の感覚から組み立てているのではないでしょうか。
白い霧は、小春ではなく見える側を映していた
ここで違和感を覚えた方もいるかもしれません。
では、白い霧は視覚障害を疑似体験させる演出だったのでしょうか。
私は、そこまで単純ではないと考えます。
数分間見にくい画面を観ても、視覚障害のある人の生活は分かりません。「体験した」と思った瞬間、かえって一人ひとり異なる経験を小さくまとめてしまいます。
あの演出から見えたのは、小春の世界よりも、見える側の鑑賞習慣でした。
画面は鮮明であるべき。
表情は読み取れるべき。
状況は、ひと目で分かるべき。
その前提が外れた途端、私は困りました。
つまり第5話の白い霧は、情報を消した映像ではなく、私が普段どの情報だけを頼りにしているかを明らかにした映像だったのではないでしょうか。
早見沙織さんの演技も、ここで効いてきます。
映像の輪郭が薄れても、小春という人物の輪郭は消えませんでした。明るい声のまま語られる不安。好きな人について話すときの温度。「障害者はやっぱり嫌だろうか」と考えるときの、わずかな揺れ。
大きく泣かなくても、好きと怖いが同じ声の中にあることが分かります。
目で分からなかったものを、声から受け取る。
第4話では、かけるの言葉が小春へ水上バスの景色を渡しました。第5話では、小春の声が私たちへ彼女の内側を渡したのではないか、と考えます。

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このシーンを、もう一度
言葉に置き換えると、どうしても取りこぼしてしまうものがあります。『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』は、間の長さと音の消え方で語る作品です。少しでも引っかかったなら、ご自身の目と耳で。
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冬月小春の「普通」|大変そうと言われるたび、遠くなるもの
食事もメイクもするという、当たり前の生活
小春は、目が見えなくても食事をします。入浴し、スマートフォンを使い、服を選び、メイクもします。
そして、「案外、普通に生きている」と語ります。
この「案外」は、誰へ向けた言葉でしょうか。
おそらく小春自身ではなく、目が見えない人の生活を想像できず、最初に「大変そう」と言ってしまう周囲へ向けた言葉です。
第4話には、小春が「食べているところを見られるのは苦手」と話す場面がありました。かけるは「そういう女子は多い」と一般化します。
特別扱いしないための優しさでした。
けれど、その一般化によって、小春固有の事情は消えてしまいました。
第5話では、その奥にあった生活が小春自身の声で語られます。
できる。けれど、見える人と同じ手順ではありません。
普通に暮らしている。けれど、困る場面がないわけではありません。
助けが必要なことはある。けれど、人生のすべてを助けてもらう人ではありません。
この複数の事実を同時に受け止めることは、意外に難しいものです。
「何でもできる」と考えれば、必要な配慮まで消えてしまう。「大変な人」と考えれば、その人自身の力や意思が見えなくなる。
小春が望んでいるのは、できることも、できないことも知ってほしい。ただし、そのどちらかだけで自分の全部を決めないでほしい、ということではないでしょうか。

「大変そう」は、優しい言葉なのに距離を作る
「大変そうですね」。
多くの場合、悪意のない言葉です。相手を気遣おうとして、私たちも口にしたことがあるかもしれません。
それでも小春は、その言葉を向けられるたびに悲しさを覚えます。
なぜでしょうか。
「大変そう」のあとに、距離を置かれることがあるからです。
どう接すればよいか分からない。何を手伝えばよいか分からない。自分には支えられそうにない。そうして丁寧な態度を保ったまま、相手が生活圏から離れていく。
言葉は優しいのに、結果だけが冷たい。
小春が恐れているのは、目が見えないこと自体だけではありません。それを知った相手の心に、境界線を引かれることではないでしょうか。
だから、かけるが「分かろうとしてくれた」ことが嬉しかった。
分かった、ではありません。分かろうとしてくれた、です。
誰かを完全に理解することはできません。それでも、分からないまま近くにいることはできます。質問し、間違え、訂正され、それでも離れないことはできる。
かけるは完璧な支援者ではありません。
何度も読み違えながら、小春を「分からない人」のまま放置しなかった人なのです。

冬月小春の恋心|好きになったから、見えないことが怖くなった
「手が好き、声が好き」から始まった恋
小春は、かけるの好きなところを心の中で並べます。
手が好き。
声が好き。
笑わせてくれるところが好き。
優しいところが好き。
そこに、顔立ちの情報はありません。
ただし、「見えないから内面だけを好きになった」という美談ではないと思います。
手にも声にも、その人の身体があります。触れたときの力加減。声の高さ。話す速度。言葉を選ぶ前の沈黙。
小春は抽象的な「優しい心」を好きになったのではありません。自分が受け取れるかたちで積み重なった、具体的な空野かけるを好きになったのです。
顔が見えなくても、相手の存在が曖昧になるわけではありません。
むしろ声の揺れや手の温度まで、小春の中には細かく保存されているのではないでしょうか。
見たいのは、かけるの顔ではなく表情だった
小春の心には、「顔が見えたら」という願いも浮かびます。
見えないのは小春です。かけるは小春の顔を見ることができます。それでも小春が顔を見たいと思うのは、なぜでしょうか。
彼女が確かめたいのは、かけるを見ている自分ではありません。
自分を見ているときの、かけるの表情です。
笑っているのか。困っているのか。優しさだけでそばにいるのか。それとも、自分と同じ気持ちを抱いているのか。
声は聞こえても、沈黙の意味までは決められません。照れているのか、ためらっているのか、拒絶しようとしているのか。
恋をする前なら、分からないままでも暮らせたでしょう。
けれど好きになった瞬間、相手の表情は決定的な情報になります。小春の視覚障害は、生活上の困難だけでなく、好意を確かめられない不安として恋の中へ入ってきました。
恋が彼女を弱くしたのではありません。
大切な人ができたことで、失いたくないものが生まれたのではないでしょうか。
「障害者は嫌だろうか」という、告白より先にある恐怖
小春は、かけるに好きだと伝えたいと思っています。
同時に、「障害者はやっぱり嫌だろうか」と恐れます。
好きな人へ気持ちを伝える怖さは、目が見えるかどうかにかかわらず存在します。一方で小春には、断られたとき「目が見えないから選ばれなかった」と感じてしまう恐怖があります。第5話の感想でも、障害への不安と普遍的な告白の怖さが重なっている点が指摘されています。
断られる前に「きっと無理だ」と結論を出せば、深く傷つかずに済むかもしれません。
しかしそれは、自分が選ばれる可能性まで自分で閉じることになります。
私たちも、好きな人ができたとき、自分の欠点を急に数え始めたことはなかったでしょうか。
もっときれいなら。
もっと明るければ。
迷惑をかけなければ。
こんな事情を抱えていなければ。
相手がまだ何も答えていないのに、自分で自分を不採用にする。
第5話が描いたのは、小春固有の切実な問題であると同時に、誰かを本気で好きになった人が抱える臆病さだったのではないか、と考えます。
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浴衣コンテストの一位に、視覚障害は関係あるのか
学祭の浴衣コンテストについて話す二人。
かけるは言います。
「冬月なら、1位だよ」
小春は、そのまま受け取れません。
「目が見えなくても、それでも一番に選んでくれますか」
この問いには、彼女が飲み込んできた不安がすべて入っています。
移動に手助けが必要になるかもしれない自分でも。
相手の表情を確認できない自分でも。
普通の恋人のようには振る舞えないかもしれない自分でも。
それでも、選びますか。
かけるは、浴衣コンテストと目が見えないことに何の関係があるのかと返します。
彼は、小春の質問の重さを完全には理解していないでしょう。
けれど、その鈍さに救われる瞬間があります。
かけるの中では、視覚障害が「選ばない理由」の一覧に入っていません。だから、質問自体が不思議だったのです。
気の利いた慰めではありません。
彼にとっては、本当に関係がなかった。
「冬月でも」ではなく「冬月なら」だった
かけるは、「冬月でも一番」とは言いません。
「冬月なら、1位だよ」と言います。
この違いは小さくありません。
「冬月でも一番」なら、障害という条件を差し引いて評価する響きが残ります。
「冬月なら一番」は、そもそも差し引いていません。かわいい人を順番に並べ、条件を比較して小春を選んだのではない。最初から、小春がいる場所を一番だと感じています。
おそらく、かける本人に助詞を計算する余裕はありません。
だからこそ、その言葉を信じられるのではないでしょうか。
準備された優しい言葉より、とっさに出た主語のほうが、その人の本音を明かすことがあります。
小春が本当に聞きたかったのは、コンテストの順位ではありません。
「私を恋人として選べますか」。
人生でいちばん怖い質問を、学祭の軽い話題に包んで差し出したのです。
かけるは奥に隠された問いまで読めていません。それでも、表面に置かれた質問へ迷わず答えました。
二人の会話は、まだ完全には噛み合っていません。
けれど、その半分だけ届いた答えが、ときどき全部を救うのです。

カッター乗船体験|支える人と支えられる人が入れ替わる
急に始まる体育会系の時間も、恋には必要でした
静かな会話とピアノで進む『かけ恋』に、突然カッター訓練が現れます。
重いオール。揃えなければならない呼吸。逃げ場のない集団行動。
内気で、目立つことを避けてきたかけるには、なかなか厳しい催しです。恋愛作品を観ていたはずなのに、急に根性と筋肉の時間が始まりました。ここは少し笑ってよいところでしょう。
しかし、この場面によって二人の関係が反転します。
これまで小春を支える側に立つことが多かったかけるが、今度は応援される側になるのです。
見えなくても、声はかけるに届く
小春には、かけるがオールを漕ぐ姿は見えません。
どの位置にいるのか。腕がどれほど疲れているのか。どんな表情をしているのか。それでも彼女は、かけるに向かって声を届けます。
頑張っている姿を見たから応援するのではありません。
かけるが頑張っていると信じて、応援する。
第4話では、かけるの声が小春へ景色を渡しました。
第5話では、小春の声がかけるへ力を渡します。
この交換によって、物語は「支援する人と、される人」という一方向の関係から離れていきます。
かけるは小春に必要とされ、小春もかけるから必要とされ始めました。
恋は、どちらか一人がもう一人を救い続けることではありません。交代で弱くなり、交代で声を届ける。その不揃いな往復の中に生まれるものではないでしょうか。

雨の帰り道|「手、繋いでもいい?」が告白になった理由
必要だからではなく、繋ぎたいから尋ねた
雨が降り、学祭の花火は中止になります。
帰り道で、かけるは小春に尋ねます。
「手、繋いでもいい?」
安全に送り届けるためだけなら、別の言い方ができたはずです。
「危ないから、つかまって」
「足元に気をつけて」
「腕を持って」
けれど、かけるは「手を繋いでもいいか」と聞きました。
この言葉には、自分の希望が含まれています。
小春を助ける必要があるからではなく、自分が繋ぎたい。ただし、その気持ちを押しつけたくない。だから相手の意思を確認する。
小春を「助けられる人」に固定せず、自分も小春を求めている人として差し出した手です。
第4話で、かけるは小春を支える人から、覚えている人へ変わりました。
第5話では、さらに「小春に触れたい人」になったのではないでしょうか。
白杖と手は、役割が違う
小春には白杖があります。
一人で移動し、自分の生活を成立させています。かけるの手がなければ、どこにも行けない人ではありません。
だからこそ、あの手繋ぎを介助だけで説明すると、大事なものがこぼれ落ちます。
白杖は、自分で歩くための道具です。
かけるの手は、誰かと歩くための選択です。
自立していることと、誰かの手を借りることは矛盾しません。一人で歩ける人が、それでも今日は隣の人と手を繋ぐ。
必要だから握ったのではなく、選んで握った。
この瞬間、第5話は二人を「支える側と支えられる側」ではなく、互いに触れたいと願う二人として描いたのではないか、と考えます。

第4話から第5話へ|「覚えてほしい」が「選んでほしい」に変わった
記憶に残ることと、未来に入ること
第4話の小春の願いを一言にすれば、「覚えていてほしい」でした。
花火を買い、一日を共有し、自分の見え方について話した。小春は自分の人生の一部を、かけるの記憶へ手渡します。
第5話で、その願いは一段深くなりました。
覚えていてほしいだけではなく、選んでほしい。
人は、誰かの記憶に残ることはできます。親切にした人。忘れられない友人。偶然出会った人。
けれど小春が望み始めたのは、もっと狭く、もっと怖い場所です。
恋人として選ばれる場所。
記憶に残ることは、相手の過去へ入ることです。
選ばれることは、相手の未来へ入ることです。
第4話で花火を買った小春は、記憶に残る夜を準備しました。
第5話で「一番に選んでくれますか」と尋ねた小春は、その先の未来に自分の居場所があるかを確かめようとしました。
この変化こそ、第5話が単なる学祭デート回ではない理由ではないでしょうか。
上がらなかった花火は、次に会う理由になった
花火は上がりませんでした。
けれど、二人の願いが失敗したわけではありません。
いつか、自分たちで打ち上げ花火をする。
未完了の約束は、未来へ持ち越されます。
叶わなかった願いは、ときに次に会う理由になります。第5話の花火は空へ打ち上がらず、二人の未来へ置かれたのではないでしょうか。
私たちの記憶に残ったのも、鮮やかな夜空ではありません。
白い霧。
小春の声。
カッターを漕ぐ音。
雨に濡れた帰り道。
そして、繋がれた手。
予定どおりに成功した夜だけが、長く残るわけではありません。
見られなかった花火も、言えなかった告白も、そのとき隣にいた人と一緒に記憶されます。

かけ恋第5話感想まとめ|見えない恋が、初めて相手へ触れた夜
第5話「打ち上げ花火」は、小春が自分の恋心をはっきり自覚した回でした。
しかし、好きだと分かったから前へ進めたわけではありません。
好きになったことで、自分の視覚障害が「生活上の条件」から、「選ばれない理由にされるかもしれないもの」へ変わってしまいました。
だから小春は尋ねます。
「目が見えなくても、それでも一番に選んでくれますか」
かけるは、その問いの重さをすべて理解してはいなかったでしょう。
それでも彼は、視覚障害を差し引いて小春を選んだのではありません。最初から差し引かなかった。
「冬月なら、1位だよ」。
その主語を、最後まで変えませんでした。
そして雨の帰り道、花火が上がらなかった空の下で、「手、繋いでもいい?」と尋ねます。
第4話で買った花火は、まだ袋の中です。
小春の願いも、まだ完成していません。
それでも第5話では、見えない恋が声を持ち、相手へ触れました。
――花火の上がらなかった夜を、小春はもう一人では歩いていません。
繋いだ手の先には、「大変そう」と言って離れていかなかった人がいました。その人の表情は見えなくても、声と温度だけは、もう間違えなかったのではないでしょうか。
本記事中の画像は、TVアニメ「透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。」公式サイトより引用・掲載しております。すべての著作権は権利者に帰属します。
©志馬なにがし・SBクリエイティブ/かけ恋製作委員会
PR / WHERE TO WATCH
『かけ恋』を、はじめから
透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。
一度でも考察を通してしまうと、2周目は初回とは違う場所で立ち止まることになります。冬月小春(早見沙織)と空野かける(入野自由)が距離を測り直していく物語。見返す前提で追える環境があると、この作品はまだ深くなります。
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