ジャニー喜多川氏の性加害は強姦には当たらない~少年が守られなかった理由とは

ジャニー喜多川氏による性加害問題の闇

ジャニー喜多川氏による性加害問題で5月14日、ジャニーズ事務所の藤島ジュリー社長から謝罪する動画と文書が発表されました。

☞故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応

故ジャニー喜多川氏がやったことはマスコミやYouTube界隈で盛んに報道・拡散されているのでここでは具体的にお話しませんが、ジャニーズ事務所に所属していた10代前半の男の子たちに当時社長であったジャニー喜多川氏が性的虐待を繰り返していたという問題です。

藤島ジュリー社長(ジャニーズ事務所公式サイトより)

暴くことができなかった「芸能界の闇」

この問題は過去からいくつもの暴露本が出版されており、週刊文春などの週刊誌でも取り上げられているため、知っている人が多かった話です。

「芸能界の闇」として噂話として語られてきた話ではありますが、マスコミで大々的に報道されることはありませんでした。

この点においてこの問題は誰もが暴くことができなかった「芸能界の闇」だと言えます。

ジャニーズ事務所は日本を代表する芸能事務所です。もしもジャニー喜多川氏の問題を報道すれば、その後一切そのメディアにはジャニーズ事務所のタレントは出てくれなくなるでしょう。

また番組にCMを提供しているスポンサーからも嫌われます。もちろん被害者の男の子においても自分が被害に遭ったことを黙っていた方がスキャンダルを知られるよりは都合がいいといいという何とも矛盾した現実がありました。

「ジャニー喜多川性加害問題」は絶対的な力を持っている芸能事務所のカリスマであったからこそ暴くことができなかった「芸能界の闇」であり、誰もその闇を暴くことができなかった、暴くことは皆が不幸になるという極めて残念な問題だったと言えます。

立証が困難なジャニー喜多川氏の性加害問題

また、この問題は関係者においては「周知の事実」であったとしても犯罪を立証することは困難でした。

加害者は事務所の社長、被害者は事務所の社員であり、一般的には犯罪として訴えられる次元のことを行ったとしても、被害者は事務所の「商品」であり、「売り出してもらう」ことが本人の希望でもあるからです。

恐らく被害にあった少年たちはこんな思いでいたんでしょう。

社長がこんなことをするって先輩から聞いていた。とうとう俺もやられる。でも断ったら芸能界への扉を閉ざされてしまう。むしろ気に入られている証拠なんだから喜ぶべきなんだ。これさえ我慢すれば・・・

被害者側がこのように考えざるを得ない状況であるとするなら、ジャニー喜多川氏の性加害問題は極めて立証が困難です。

背景には時代遅れの法の未整備が

この問題をさらに難しくしているのは「少年に対する行為」であったことです。

性犯罪に対する懲罰は強姦罪が適用されていました。この法律は明治40年(1907年)に制定され、平成17年(2017年)に改正されるまで我が国の性犯罪を裁く法律として運用されました。

彼が行って来た行為に対する処罰はこの強姦罪が適用するのでしょうか。

結果はNO!です。

強姦罪とは刑法177条で以下のように規定されています。

【刑法177条】

暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫(かんいん)した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

(注)姦淫(かんいん)とは法律で性交を意味し、男性が女性の膣内に陰茎を入れる行為をいいます。

強姦罪は「男性が女性の膣内に陰茎を入れる行為」がなければ成立しないのです。

強姦罪は加害者が男性、被害者は女性限定

強姦罪は加害者は男性、被害者は女性に限定されています。

今回のジャニー喜多川氏の性加害問題の被害者は未成年の男の子なので強姦罪の対象ではありません。

もちろん仮に未成年の女の子だったとしても「暴行又は脅迫」を実証しないと強姦罪が成立しないので、今回の事件の立証は困難と言えます。

明らかに「暴行」はなされていませんし、「脅迫」についてもデビューさせないとか、センターから外すということが考えられますが、なかなか立証は難しいでしょう。

被害者が男性であるため、ジャニー喜多川氏の行為は強姦には当たらないというのが我が国の法の見解であったと言えます。

もちろんこれは約100年前に制定された法であり、その間、性犯罪に対する考え方や性そのものの捉え方も大きく変わりました。しかし、それに法律の改正が追い付いてこなかったという点が問題を根深くさせています。

性加害に対する我が国の法律の変化

強制性交等罪~2017年に強姦罪が改正

その後、強姦罪は2017年に強制性交等罪に改正されました。刑法の条文は次のとおりです。

【改正刑法177条】 強制性交等罪

十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛(こう)門性交又は口腔(くう)性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

強制性交等罪は姦淫から性交、肛門性交、口腔性交が対象となりました。

性交は男女が性器を交える行動なので加害者が女性、被害者が男性というケースも該当します。

肛門性交とは「肛門に陰茎または性具を挿入する行為」なんだそうです。挿入するものが性具であるなら加害者が女性ということもあり得ます。

肛門性交では男対女、女対男、男対男、女対女の全ての組み合わせが対象となります。

口腔性交は男性に対するフェラチオ、女性に対してはクンニリングスと言われる口を使って性器を刺激する行為ですね。これも男女全ての組み合わせで成立するのかと思いましたが、調べてみると刑法の強制性交等罪では、特に、口腔内に陰茎を入れる行為を指すようです。

加害者は男性のみということですね。

強姦罪では犯罪の対象が姦淫(男性が女性の膣内に陰茎を入れる行為でしたが、強制性交等罪では性交、肛門性交、口腔性交に広げられたため、加害者男性、被害者女性という限定された行為ではなくなりました。

しかしその一方で「暴行又は脅迫」という条文に変化はありませんでした。

また、関連条文として「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ及び準強制性交等罪」が追加されました。

強制わいせつ罪

刑法第百七十六条 強制わいせつ罪

十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

「わいせつな行為」に該当する可能性のある行為としては、キスをする、服を脱がす、乳房を揉む、陰部を触る、服の中に手を入れるなどが挙げられます。

性交等の行為に至らずとも、それに進展するような行為に対しても懲罰の対象となりました。性別について特に記載されていないので加害者と被害者は男女の全ての組み合わせで成立します。

「強制」というのは暴行または脅迫を用いることなので、暴行や脅迫がなければわいせつな行為であっても処罰できないのかというグレーな部分を残す犯罪です。

準強制わいせつ及び準強制性交等罪

刑法第百七十八条 準強制わいせつ及び準強制性交等罪

人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

準強制わいせつ罪とは、人の心神喪失若しくは抗拒不能に準じ、又は暴行・脅迫を用いずに心神喪失若しくは抗拒不能の状態にさせて、わいせつな行為をすることで成立する犯罪をいいます。

具体的には、アルコールを飲んで酩酊または昏睡状態であったり、睡眠薬や麻酔で意識が意識もうろうとして抵抗できない状態につけこんだ場合などになります。

2023年に新たな動き~強制性交罪の改正

性交罪の成立要件は強制から不同意へ

明治の法律である強姦罪はようやく平成になり強制性交等罪に改正されました。

しかしその成立要件は「強制」であり「暴行又は脅迫を用いて」という点に変わりがありませんでした。

しかし令和に入り、それが変化しようとしています。

2023年3月14日、政府は「強制性交罪」の罪名を「不同意性交罪」に変更することなどを盛り込んだ性犯罪に関する刑法改正案を閣議決定しました。

改正案では、これまでの「強制性交罪」から「不同意性交罪」に、「強制わいせつ罪」は「不同意わいせつ罪」に罪名が変更されます。

その上で、これまでの暴行・脅迫を用いる場合に加え、アルコールや薬物を摂取させるなど被害者が抵抗できない状況での8つの行為により「同意しない意思を示すことが困難な状態にさせた場合」に処罰の対象になるとしています。

この変更のポイントは「強制」がされていなくとも相手が「不同意」であれば罪として成立するという点です。

被害者が抵抗できない状況での8つの行為

  • ①暴行・脅迫を用いた性交等
  • ②心身の障害を用いた性交等
  • ③アルコール・薬物の影響を用いた性交等
  • ④睡眠その他の意識不明瞭を用いた性交等
  • ⑤同意しない意思の形成・表明・全うするいとまがない状態
  • ⑥予想と異なる事態に直面させて恐怖・驚愕させた性交等
  • ⑦虐待に起因する心理的反応を用いた性交等
  • ⑧経済的・社会的関係上の地位を用いた性交等

相手を誤信させる行為も対象

改正案では「相手を誤信させる行為も対象」としています。

行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ又は それらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。

刑法改正案177条2項

「相手を誤信させる行為も対象」という改正には大きな意味があります。

これはジャニー喜多川氏の行為を彷彿とさせるのですが、いわゆるグルーミングに対する処罰です。

グルーミングとは子どもに近づき、性的虐待を行う手口のことです。

おおむね次のような段取りを取ります。

やりやすい相手を選ぶ

グルーミングの被害者となりえる子どもはどちらかと言えば気が弱く、孤立しやすい子どもです。

そのため、まずやりやすい相手か観察するところから始めます。つまり拒否できない子どもかどうかをチェックするのです。相手は気の強い子だったり仲間が多い子だとやりにくいし、ばれる恐れがあるので口数が少なく友達も少なく、おとなしめな子どもが狙われる傾向にあります。

接近し、孤立させる

次にターゲットの子どもと徐々に会話することから始め、接近していきます。そして次には物理的、心理的に孤立させていこうと企てます。

物理的という点ではジャニーズは全寮制です。両親から離れた物理的に孤立した環境と言えます。

心理的という点では「頼れるのはこの人だけ」という雰囲気を作っていくことだと言えるでしょう。

信頼関係を構築し、「2人の秘密」を保持させる

こうして環境が整ってきたところで信頼関係を構築していきます。精神面ももちろんですが、身体的に慣れさせるという行為もここでは出てきます。いわゆるスキンシップというやつですが、頭を撫でたり頬に触れたり、お尻を軽く叩いたりというボディタッチから入っていくようです。

そしてそれが段々とエスカレートし、2人だけの時に下着に手を入れて触ったりという「2人の秘密」の行為に進展していきます。もちろんこうしたセクシャルな行為だけでなくジャニー喜多川氏が行ったと言われる「部屋の鍵を渡す」というような行為も「2人の秘密」の行為です。

被害者の少年少女は信頼する大人がすることだし、秘密と言われれば口外しにくいという心理を突いた未成年者への性的虐待行為がグルーミングです。

性交同意年齢は13歳から16歳に引き上げ

性交同意年齢という言葉をご存じでしょうか。

今回の強制性交罪の改正に合わせ、これが引き上げられます。

この性交同意年齢とは、性交等をする際に「同意」が有効となる年齢のことです。日本では刑法177条が根拠となっています。

刑法177条:強制性交等罪

十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛(こう)門性交又は口腔(くう)性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

何とも無茶苦茶な解釈という感じがしますが、刑法では「十三歳以上の者に対し」「暴行又は脅迫を用いて」「性交等」をしたものに罪が適用されるので、「暴行又は脅迫を用いて」いなければ13歳以上の者に対して性交をして問題ないという解釈です。

社会通念上おかしいだろうというのは当然だし、諸外国ではこの種の年齢は16歳以上とされています。

しかしわが国では「法律の解釈」によって相手が13歳以上であれば暴行や脅迫をしなければセックスしていいということになります。

今回の改正案ではこの年齢が16歳以上に引き上げられます。

性を巡る認識はどこに行くのか

このように強姦から強制性交へ、そして不同意性交へと性犯罪に対する刑法の対象は変わってきました。

そのこと自体は救済する被害者の対象を広げ、厳罰化することで未然防止のけん制効果を効かせる上でいいことだと思います。

しかし性を巡る認識が男と女だけでなくなっている現代、新たな法律で網羅できるのかという疑問が残ります。

法律は性犯罪の対象者を男か女かとしています。

しかし今の世の中はこのような2つの性には収まらない形に多様化しています。

LGBTという言葉もその一つです。

この記事に下の図とともに性について書いています。

参考にしていただければと思います。

様々なセクシュアリティが存在する現在、人間同士のモラルも男女という2極では捉えることができません。

それに加えてメタバース空間では、もはや人ではないものもセックスの対象になりつつあります。

果たして誰が加害者で誰が被害者なのか、そしてその罪はどこに存在し、誰が何を根拠に裁くのか。

今はまだ過渡期化もしれませんが、混沌としたカオスの世界が広がりつつあるように感じるのは僕だけでしょうか。

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